夢は人生のミニチュア版?
夢は人生のミニチュア版❓
このブログでの夢は、自己の抱負を語る素敵な夢でなく
夜中に見る夢についてであります。
悲しかな! 私が夜中に見る夢の8~9割が困っている夢です。
大勢の人前で恥をかいている夢、道に迷っている夢、お化け
や泥棒に出遭ったりする夢などなど… そのロクでもない夢
の中で深刻に悩んだり恐れたりします。
そのような時、目が覚めると「夢でよかった!」…と救われ
たような気分になります。
ときたま、楽しい夢を見ると「もう一度寝て続きを見たい!?」
なんて虫のいいことを考えたりします。
夢は物質上の実体が伴わない次元の異なる世界のドラマであり、
「目が覚める」ということは異次元の世界から物質世界の
次元領域に戻ること? とい言えなくもないですね!
「どうして、こんな夢を見たんだろう?」と思いますが、
大抵の場合、そのキッカケ(動機)となっているものが存在しています。
昼間や過去に体験した事、日常的に心配したり,恐れている事、逆に楽しかった事や願望している事、またある場合は寝ている間に加わった刺激、(例えば寝相が悪かったり,睡眠時無呼吸など) がキッカケとなって、奇想天外なドラマを展開します。
そのストーリーたるやフィクション作家顔負けの奇想天外のショートストーリー を展開していきます。
そして、夢をみている間だけとは云え,その中で、切実に!喜怒哀楽を実感することになります。
夢として、意識に残るのは極く一部であり大半は記憶に残っていないと推測されます。
このように、たわいもない夢ではありますが、夢に教えられる事もあります。
ここで人生の構成パターンについて考えて見ましょう。
人はそれぞれ生まれ落ちた環境・時代の状況 や日常出合う出来事に取り囲まれ反応しながら生きています。
その都度、意識的に考え、判断し、行動をとっているのですが、それは反応の一部分に過ぎません。
環境や状況に対する人の反応は、ほぼ次のA BCの三種類に分けられます。
【A】: 状況に対しその都度,思考し行動する
【B】: 潜在意識下にある個性(遺伝子内情報、過去における強烈な体験、或いはその人の習性、性格・くせ等) が無意識の反応行動をとらせる。
【C】: これは、すべての生命体にいき渡っている
もので、生命維持や成長、増殖に伴うもので 無意識下の反応です。(内臓のはたらきなど自律系の神経や筋肉反応、病気や傷に対する
自然治癒機能、危険に対する反射的な回避動作等など)
人は、[考え]や[意志]だけで人生を展開していると思いがちですが、それ以外に,BやCの反応が大きく関わっているのが実態です。
A の思考行動は、一見して自己の最善を尽くして理路整然と行っているつもりですが、その思考自体がの深層部や根底部ではBが微妙に影響を与えていますが、自覚はありません。
B は潜在意識による反応です。この反応により人々が同じ環境にあり、同じく常識的に考えて行動していても,それぞれ違った人生を辿ることになります。
状況に対して、理論理屈で決めた限定的な反応だけなら、
人工頭脳やロボットによっても出来ることです。
生身の人間の反応は理屈どうりにはいかず、人によってさまざまな
反応を示し、それぞれ違った人生となるのが現実であります。
Bの部分は、無意識下にありながら、色々様々な人生ドラマ展開のの原点や原動力となっているのです。
人は基本的には五感覚を満足させるために生きていますが、ただそれだけではありません、Bにある自我や真我を発現しようとする無意識の衝動に動かされながら生きている面があります。
夢もBの部分が元(因)や核となって色々様々なドラマを展開していきます。
夢には、物質的、時間的或いは常識による制約がなく、材料に事欠きませんので 奇想天外、自由奔放なドラマを繰り広げることになるのです。
一方、現実生活に於いては、その人が出合う物質的な環境や状況などを材料として人生ドラマが展開します。
どちらの場合も、【B】部分が脚色の元(基)になっています。
夢など、たわいもないと思われますが、その因となる部分は、
本当の自己の深層部や心理状態を示しています。
夢は、人の心の深層部にあるため把握が困難な潜在意識や心理状態を知るバロメーターともなります。
現実世界も夢も、B部分にとって活躍舞台みたいなものです。
両者共、B部分が核となり色々なストーリーを展開させます。
つまり夢も人生も、似たような構成パターンになっているのです。
・・・と云うわけで、たわいもない夢ではありますが捨てた
ものでない?
という話を展開させて頂きました!
このブログを読んで下さった皆様の
健康で長生きをお祈り申し上げます